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  • 2015.09.18 Friday
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窓、12月17日の光


いつも眺めるこの窓。トリミングされた同じ景色。
僕はここから、少しずつ変化する季節を見ています。

新しい場所は、生活と仕事の境目がはっきりしない。
しっかり分けることのない暮らしの場所です。

 

ルミナリエは点と線で構成されていました



有名人に会うって、こんな感じかも知れない

特にNYに憧れていたわけではないが、
エンパイヤステートビルを見て「NYにきた。」という実感はありました。
しかし、その存在感や古さに「確かにそうだ。」と実感したことが、もっとも印象的な旅でした。


今は情報をどこからでも得られるし、だれでも発信できます。
それでも情報は誰かが編集したものに変わりありません。
うまく言葉や数字や写真でも表現できない事を、どう伝えればいいのでしょう?

行ける場所には限りがあり、全てを確かめることはできません。
けれど、行かなければわからいないことは、けして少なくない。
それは、温度のように表現されるかもしれないし、空気と言うのかもしれません。

情報は耳や目で得られるものばかりではないと、改めて気付かされました。
行ってみないとわからないこと。
やはり、その価値は大きいと思う。

短い文章を書く

ここ最近、長距離の移動が多い。
高速で流れる風景を、ただ眺めていても
流れる景色には、文脈があるように思うことがあります。


僕はもともと、文章を書くことが得意な方ではありません。
読書感想文も夏休みの最後まで残っていました。
本もちゃんと読んでいたし、感動がなかったわけではありません。
感想として、うまく視点を定めることができなかったのだと思います。

誰に対して伝えたいのかということが明確でなかったから?

いつも通る同じ道の流れる景色は、どこに向かい何をしに行くのかで
その文脈は変化するでしょう。

時々、毎日の取り留めもない出来事を見つめてみる。
短い文章を書くことが、物事を丁寧に観察し、伝える練習になっています。

書かなければと思いながら既に2ヶ月が経っています。
それでも、ゆっくり続けていこう。

地元は身近すぎて、もっと知りたいという気持ちが起こらない

明治村
田縣神社
美味しいものはありません
仕上げに、「小牧には何もない」が付く。

自分の地元の良い所はどこかと訊かれても
答えられるのはそのくらいです。
おそらく小牧市民のほとんどが、つまらない所と思っているでしょう。
そして、来客の「おもしろい」という意見に否定的だったりもします。

きっと、多くの人にとって、地元とはそんな場所ではないでしょうか?

先日、和歌山へ旅行に行きましたが、
和歌山出身の友人が言うには「和歌山は何もないところ」のはずでした。

京都、奈良、神戸に囲まれている大阪からは
一見なにもないと思えるような和歌山。
僕も実際にそう思っていました。
行ってわかったことは、ただ”大阪周辺にあるもの”が何も無いだけだったことです。

長い歴史や情緒もあり、
広い海、深い山に囲まれて
農業、漁業、林業も盛んです。
みかんのなる山、緑色の岩でできた海辺
木を刈り取られたクジラのような山もおもしろかった。

地元の良いところは、きっと他人が知っている。
そういえば「あまちゃん」ってそんな話だったような気もしたな。

 

小豆島で出会った皆様へ

ばいばい、またねー。
僕たちは、7ヶ月ぶりに船の上から叫んでいました。

この芸術祭が終る前に、再び、3人で小豆島へ。
小豆島に戻るのは7ヶ月ぶりでした。

「観光から関係へ」というテーマで始まった小豆島、醤の郷+坂手港。
僕たちはちゃんと関係を築けたように感じることができました。
10日間の滞在中、ほとんど坂手港エリアから出なかったから、
ここに来てくれる人としか会っていません。
その小さく深い関係性は、
今後、広い関係性へとつながっていくような気がしました。

11月4日で小豆島坂手港での芸術祭が終わってしまったけど
また行きたいし、場所ができました。
こういう良い縁はなかなか得られませんが、
好きだと感じた瞬間から、関係は始まるのだと思います。

これからもどうぞよろしくお願いします。

会って、話して、確認したこと。9月の10日間。

東京で過ごした10日間。
9月は展示会シーズンで、色々な出会いが楽しい時期です。

また、たくさんの物に触れる時期でもあります。
単純に数を売ることを目的としたものや、
瞬発的な面白さや目立つことを目的としたもの。
届けたい人、伝えたい人関わらず
それぞれの展示会場には無差別に物がひしめき合っています。
そして、それに関わる人もまた、それぞれの目的や使命を持っています。

展示会の時にいつも感じること。
不特定多数の人の意見を聞くこと、たくさんの商品を見ることは、
リサーチする上で一番大事にしています。
その一方で、実際は聞かなくてもよい意見も沢山あります。
それに振り回されずに、しっかりと精査し納得して提案する。
そのためには、どういう人にどう使って欲しいのか、
商品を提案する側がしっかりと軸を持っていることが大切です。


面倒臭がらずに、伝えること。
これからも、伝えたい人の共感を、しっかり得られるように。






7月15日に残されたもの

久しぶりにウィンナーが食べたいから買ってきて。
前日の朝、出かける前の母にこう言ったそうです。

漬物を漬けた後、散歩に出かけ、花に水をやり、雑巾をかける。
そこから祖母の一日が始まります。
この日、いつもと違ったこと。
それは一息ついて、そのまま89年の人生を終えたことでした。

結局、祖母はそのウィンナーを食べることはありませんでした。
しかし、母が語るその最後の話から、母と暮らしていた最後の一年間が幸せだったことを思わせてくれます。

祖父が亡くなってから15年間を一人で暮らし
「いい話」に注意深く、自分と家を大切にし
自分のことは多くは語らず
ただ一定のスピードで歩くように、静かな最後を迎えた祖母。

漬物とウィンナーと
普通であることの強さ

祖母が最後に残したものです。








きづく、つくる

 日常で「きづく」ことについて考える。


「きづく」って、もともと誰もが知っていること。
気づくは、気をつけていないと、なかなか気づけないこと。
新しい発見の多くは、日常にあると思っています。

「何度もちゃぶ台をひっくり返す」
商品づくりについて、ある人が言っていました。
「きづく」「つくる」の繰り返し。

こだわったり、考えなおしたり。
商品になってからも終わりとは限らない。
使う人や作る人と一緒に考えることとは、そういうことだと考えています。


日常からの発見は、同じ日常で暮らしている人に
きっと共感してもらえると思っているのです。


街の代謝

隣の空家は解体され、街は止まることなく変化していきます。


何気なく蟻を眺めていたら、
蟻が生きているのではなく、巣が生きているような気がしてきました。

子供は今でも虫を潰して遊ぶだろうか。
僕にはそういう経験があります。
むやみに生き物を殺してはいけないと教えられ、
虫一匹が感情をもっているように思ったものでした。


久しぶりに行った阿倍野に行くと、近鉄百貨店が巨大な建物になっていました。
大阪から好きな建物が少しずつ少なくなってゆき
「大阪らしさ」も少しづつ変わってゆきます。

生きているのは「蟻の巣」かもしれない。
そう思った途端に、街という生き物が見えてきました。

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